公表日 2020年8月4日

研究実施者:水産技術研究所 環境・応用部門 沿岸生態システム部 名波 敦

 サンゴ礁を代表する美しい魚であるチョウチョウウオの仲間には、サンゴのやわらかい部分(ポリプ)を食べる種類がいます。それらがエサとして好むサンゴの種類はよくわかっていませんでした。一方で、地球温暖化で海水温が高い状態が続くと、サンゴは白化現象で死亡します。特に、ミドリイシの仲間のサンゴは、白化現象で死亡しやすいことが知られています。

 沖縄県八重山諸島で、チョウチョウウオとサンゴの「食うー食われる」の観点から、7種のチョウチョウウオの行動を詳細に観察し、種により好んで食べるサンゴが異なること、特に下の写真の3種は白化現象で死亡しやすいサンゴを好んで食べることを明らかにしました。地球温暖化の加速で、これらの生息数が大きく減少する可能性があり、サンゴ礁の生物多様性に影響すると考えられます。サンゴ礁の生物多様性を守るためには、サンゴの種類もバランスよく守る必要があります。

 本研究の成果は、科学研究費補助金(15H02268, 19K06199)および環境研究総合推進費(S-15-3(4): JPMEERF16S11513)によるものです。

 本研究についは,Nanami A (2020) “Spatial distribution and feeding substrate of butterflyfishes (family Chaetodontidae) on an Okinawan coral reef.”として 『PeerJ』に2020年8月4日にオンラインで公開されました*。*https://doi.org/10.7717/peerj.9666

3種のチョウチョウウオと好みのサンゴの関係

研究の背景

 チョウチョウウオの仲間はサンゴ礁を代表する魚類で、種類が多いことに加え、姿が美しく、ダイビングや観賞魚として人気が高いグループです。そのため、チョウチョウウオ類は、①サンゴ礁の生物多様性を支えている、②ダイビングや観賞魚販売といった人間の経済活動を支えている、とみなされています。このような観点から、チョウチョウウオの仲間を「人間が自然から得る恵み」と捉える必要性が世界中で認識されはじめています。チョウチョウウオの仲間には、サンゴのやわらかい部分(ポリプ:図1)を食べる種類がいます。つまり、生きたサンゴが生育している環境がチョウチョウウオの仲間にとって重要と考えられます。

図1 サンゴ(左)・一部を拡大(中)・ ポリプ(右:矢印で示したもの)

 一方で、「サンゴであればどんな種類でも構わないのか?」、あるいは「ある特定のサンゴを選んでいるのか?」という疑問については、我が国では良く知られていませんでした。そこで、この疑問を解明するため、沖縄県八重山諸島において、サンゴのポリプを食べる7種のチョウチョウウオを選んで行動を観察してみました(図2)。

図2 観察した7種のチョウチョウウオ

 この研究の目的は、チョウチョウウオの仲間が好むサンゴを特定することであるため、サンゴを12のタイプに分けて調べました(図3)。

図3 サンゴを12タイプに分けたもの。各タイプについて代表的な種類を示す。12タイプのうち、ミドリイシの仲間(最上段の4タイプ)は、白化現象(※用語解説1)で死にやすいことがわかっています。

成果の内容

  今回調査した7種のチョウチョウウオの仲間が好んで餌としていたのは、12タイプのうち、テーブル状ミドリイシ・散房花状ミドリイシ・被覆状サンゴ・塊状サンゴの4タイプのサンゴでしたが(図4)、好みの度合いは種によってさまざまでした(※“好み”については、用語解説2参照)。

本研究の特徴

 本研究の大きな特徴は、生物の行動を野外で詳細に観察して解析するという「行動生態学」的な方法(※用語解説3)で、魚とサンゴの間にある「食うー食われる」の関係を解明した点が挙げられます。その結果、チョウチョウウオの仲間がエサとして好むサンゴを科学的なデータに基づいて解明することができ、地球温暖化に伴うサンゴの白化現象の影響を検討することができました。

研究成果の活用

 7種のチョウチョウウオに好まれていた4タイプのサンゴのうち、テーブル状ミドリイシと散房花状ミドリイシは、サンゴの白化現象(※用語解説1)で死にやすいと考えられています。従って、この2つのタイプを好む3種(ヤリカタギ・ハナグロチョウチョウウオ・ミカドチョウチョウウオ)については、サンゴの白化現象によってポリプを食べる場所が減少・消失する可能性が考えられます。特にヤリカタギについては、白化現象で死にやすいサンゴ(テーブル状ミドリイシと散房花状ミドリイシ)だけを好んでいることから、その影響は大きいと考えられます。国際自然保護連合によると、ヤリカタギの生息数は近年減少しつつあり、「準絶滅危惧」と判定されています。本研究の結果を考慮すると、サンゴの白化現象によって、ヤリカタギの生息数の減少が加速する可能性が考えられます。

 一方で、残りの4種(ミスジチョウチョウウオ・ウミヅキチョウチョウウオ・シチセンチョウチョウウオ・スミツキトノサマダイ)については、白化に対する耐性が比較的強いサンゴ(被覆状サンゴ・塊状サンゴ)を選んでいました。したがって、これら4種については、地球温暖化に対してある程度の耐性を保つことができ、急激な生息数の減少はみられないかもしれません。しかし、海水温上昇が継続することで、白化耐性の強いサンゴであっても死亡のリスクが高まる可能性が考えられるため、予断を許さない状況といえます。

 一般に、サンゴ礁の保全やサンゴの再生を試みるときには、成長が早く、複雑な形のサンゴ(枝状のサンゴなど)が対象となることが多いです。これは「生き物に住み場所を与える」という意味では大変効果的です。一方で、本研究で調べた7種のチョウチョウウオは、枝状ではないサンゴのポリプを好んで食べていました。つまり、チョウチョウウオの仲間がポリプを食べる場所を守るためには、さまざまな形のサンゴを保全・再生する必要性が示唆されました。サンゴ礁を彩るチョウチョウウオの仲間が暮らしていくためには、さまざまな種類のサンゴをバランスよく守っていくことが大切と考えられます。

用語解説1 サンゴの白化現象

 海水温が高い状況が続くと、ストレスによってサンゴが白くなり死んでしまう現象。サンゴの中にすむ褐中藻とよばれる植物プランクトンが抜け出すために起こると考えられています。これまでの研究によると、白化のしやすさはサンゴの種類によって違うことがわかっています。このうち、ミドリイシとよばれるサンゴの仲間は白化しやすいことが報告されています。近年の気候変動の影響により、海水温の高い状況が地球レベルで起きているため、世界各地のサンゴ礁で白化現象がみられており、海洋生物の種の多様性にマイナスの影響を及ぼすことが懸念されています。

用語解説2 ”好み”の判定方法

 “好み”を判定する方法として、Straussという研究者が考案した linear resource index とよばれる指標を使いました(図8)。この指標を使うと、生物の行動を数値で表すことができます。実際には、7種について複数の個体を観察し、平均値と95%信頼区間という数値も使って最終的な判定をしています(ミカドチョウチョウウオ26個体、ウミヅキチョウチョウウオ22個体、ミスジチョウチョウウオ28個体、ハナグロチョウチョウウオ23個体、スミツキトノサマダイ22個体、シチセンチョウチョウウオ22個体、ヤリカタギ28個体)。それぞれの種について、1個体あたり5分間の観察を行ないました。

図8 チョウチョウウオの仲間がエサとして好むサンゴを判定する方法の模式図

用語解説3 行動生態学

 研究対象となる生物について、行動の観察を1匹ずつ繰り返し、その種についての全体像を探る方法。生物にも個性があるため、1匹だけでなく複数匹調べることが必要ですが、その生物がもつ一般的な傾向を見つけ出すことが期待できます。「行動」には、エサを食べる行動、産卵行動、攻撃行動、逃走行動などさまざまなものがあてはまります。本研究では、チョウチョウオのエサを食べる行動に着目し、水中で1匹ずつ観察を繰り返してデータを集めました。なお、チョウチョウウオの行動を解析するにあたり、海底のサンゴのデータ(どこに、どのようなタイプのサンゴが、何%ずつ生育しているのか)も同時に記録しています。