公表日 2021年3月11日

研究実施者:水産資源研究所 社会・生態系システム部 杉本あおい

研究の背景

 生態系保全政策の根拠の1つである「生態系サービス評価」ではこれまで、漁業や観光業といった産業の産出額をもって「これだけの産業的価値があるから保全をする」といった論理を提示していました。しかし近年、こうした産出額ベースの枠組みを脱し、地域住民自身の視点から、地域ごとに多種多様な「自然の価値」を評価し、これを保全政策のベースにしていこうとする機運が国際的に高まっています。

 気候変動が加速する中で、サンゴ礁はその影響を最も深刻に受ける生態系の筆頭だと言われています。誰にとっても魅力的で大切なサンゴ礁の海は観光、漁業等による利用が加熱してしまい(over use: オーバーユース)、現状では気候変動による影響と相まって、世界のサンゴ礁生態系は破壊的な影響を受けています。かけがえのないサンゴ礁生態系を次世代に受け継ぐためにはオーバーユースを和らげることが不可欠で、その賢明な選択は、市民一人一人の想いに後押しされるという発想の下、この研究に着手しました

アジアで初めての研究 「あなたと地域の海との ”つながり” は?」

 本研究は、”お金には換算できない”「海の価値」を、地域住民の皆さん自身の声をもとに科学的に実証した、アジアでは初めてと言える先駆的研究です。調査対象とした八重山地域でムービーに登場してくださった14名のみなさんをはじめ、協力してくださったのべ200名近くのみなさんの声を分析した結果、八重山の海の価値の主要5要素として以下を抽出しました(注1、2)。

研究から導き出された5つの要素

  • 「生活(Livelihood)」
  • 「地域文化(Local marine culture)」
  • 「海への畏怖(Respect and Fear)」
  • 「レクリエーションと付随する問題(Recreation and Problems)」
  • 「愛着とインスピレーション(Attachment and Inspiration)」

“お金にならない価値”をより多くの人に伝える手段

 今回の研究結果をより多くの人に伝えるために、どのようなツールを用いるのが最も効果的かについても様々な立場の方々と検討を重ねました。その結果、本研究では素晴らしいクリエイターたちとの協働により、人の心に印象深く訴えかけるような映像作品として表現することとしました。

 世界的評価を受ける漫画作品『海獣の子供』(2019年にアニメーション映画化)の作者・五十嵐大介氏には、ご本人曰く ”心の故郷” でもある八重山諸島の伝統行事や生活風景、生きもの等のスケッチを描いていただき、ムービーの中に散りばめました。

 サンゴ礁の海と世代を越えて寄り添ってきた八重山の皆さんの想いを伝えるこのムービーが、かけがえのないサンゴ礁の海を守るムーブメントにつながっていくことを願っています。

五十嵐氏による八重山地域のスケッチと手描きの文字。ムービーの最後には五十嵐さんの作画の様子も。

 今回の研究は、環境省の調査研究事業「社会・生態システムの統合化による自然資本・生態系サービスの予測評価」(注3)の一環で進めたものです。本事業は、社会と生態系の相互作用をモデル化し、将来世代が享受する生態系の恵みを損なわない形での持続可能な利用・管理の方策を検討することを目指し実施されました。この研究は海洋生物多様性保全の国際枠組みのとりまとめをする国際機関「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム:The Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services (IPBES) 」(注4)とも連携することで、日本発の成果を広く国際的にも波及することを目指しています。

注1 本研究をまとめた論文は7月10日付でSustainability Science誌にオープンアクセスで掲載されました (https://doi.org/10.1007/s11625-021-00994-z

注2 本研究について、”MOTHER OCEAN” ロゴデザインで協力頂いたソーシャル・デザインオフィスNOSIGNERのWebサイトにも掲載されました(https://nosigner.com/mother-ocean

注3 環境省委託事業「社会・生態システムの統合化による自然資本・生態系サービスの予測評価」について:http://pances.net/top/

注4 生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(略称IPBES)について:https://ipbes.net/

※ 本動画の撮影は、新型コロナウィルス感染対策に十分留意して行いました。

<インタビュー出演者(50音順)>

  • 伊良皆 誠(ゴーヤカンパニー代表)
  • 岩倉 千花(ライター 編集者 / 八重山ヒト大学副学長)
  • 川崎 豊(漁業者)
  • 川畑 ジョナタス(漁業者)
  • 下地 盛喜(八重山ダイビング協会元会長 / 建設会社・飲食店経営)
  • 新里 昌央(漁業者 / 白保魚湧く海保全協議会会長)
  • 登野城 ルリ子(児童文化サークル「くにぶん木の会」元会長)
  • 東内原 とも子(石垣市議会議員(更生保護副会長) / 元保育士)
  • 宮良 妙子(畜産業者 / 石垣島和牛改良組合女性部)
  • 宮良 当建(漁業者 / 八重山漁協理事)
  • 宮良 央(畜産業者 / 元白保青年会長)
  • 山里 節子(「いのちと暮らしを守るオバーたちの会」会長)
  • 吉田 みちる(エコツアーガイド / みっちーツアーズ)
  • 米盛 博和(八重山生コン工業(株)社長)

<クリエイター>

作画:五十嵐 大介

1969年埼玉県生まれ。漫画家。高い画力と繊細な描写で自然世界を描く。2004年『魔女』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞。2009年『海獣の子供』で第38回日本漫画家協会賞優秀賞、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。同作は2019年にアニメーション映画化され話題に。

五十嵐さんと八重山の海との ”つながり” は?

「1998年に初めて西表島を訪れた時に出会った風景や人が以降の作品の原風景になっています。生き方も変わったかも。今は家族で毎年遊びに来て、心の故郷のような大切な場所です。」

音楽:武 徹太郎

音楽家/美術家。音楽の根を探るユニット「馬喰町バンド」のリーダーとしてアジアの民族音楽のフィールドワークや、古謡・童歌の採集、アフロビートからヒップホップまでを取り入れた独自の楽曲、楽器を製作して発表している。NHK Eテレ「シャキーン!」のコーナー「まつりばなし」では、日本各地の郷土芸能や祭りを取材し、それをモチーフに音楽アニメーション劇を製作。

今回の楽曲で使用した自作楽器の数々。左から、沖縄の三線とベトナムの月琴の合いの子のような楽器「太郎さん」/鉄の板を削って調律したガムラン楽器「トリフォン」/三味線とギターの中間のような絶妙な音が出る6本弦のフレットレスギター「6線(ろくせん)」

アニメーション制作・五十嵐さん作画シーン撮影:エレファントストーン

「あなたの想いは、象れる(かたどれる)」をコンセプトに完全オーダーメイドの動画を制作する映像制作会社。今回のアニメーション制作は、在籍するクリエイターが毎月1人ずつディレクターとなって完全オリジナル映像を制作する、エレファントストーンのフィルムメイキングメディア/チーム「bacter」が担当。

スタッフリスト>

企画・監督:佐藤 有美

撮影・ドローン空撮・編集:船越 裕康(AWEARE)

作画:五十嵐 大介

音楽:武 徹太郎

アニメーション制作・五十嵐さん作画シーン撮影:ELEPHANTSTONE Co.,Ltd.
嶺 隼樹、斎藤 弥里、奥野 尚之、渡邉 幸朔、坂内 七菜、西堀 菜々子

八重山のわらべうた「あーめーま」:山里 節子

ナレーション:杉本 あおい

翻訳・字幕:Raphael Roman、Patricia Angkiriwang、川本 麻衣子

“MOTHER OCEAN” ロゴデザイン:NOSIGNER

研究者:杉本あおい(水産研究・教育機構 水産資源研究所)、杉野弘明(東京大学大学院農学生命科学研究科)、法理樹里(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)

研究協力:環境省石垣自然保護官事務所、石垣市、竹富町、八重山地域住民の皆さん

研究費:環境省 環境研究総合推進費 (S-15)、文部科学省 科研費(課題番号19H20489)

Special Thanks:田村 陽子、児童文化サークル「くにぶん木の会」、ちいさなお宿 NEST、CAFE TANIWHA